「歯を削る機械の音が嫌い」、「麻酔が嫌い」、「歯医者は痛い」
そういったネガティブなイメージから治療の必要性があっても歯科医院に通うことのできない歯科恐怖症患者さん。
今回はその歯科恐怖症について詳しく見ていきます。
【歯科恐怖症ってどんな病気】匂いを嗅ぐだけでダメな人も
そもそも歯医者さんが好きな人っていうのは少ないと思います。
苦手意識はあるけどちゃんと通っている方から、もう歯医者さんの匂いだけでだめ。という方まで様々です。
まずはどんな人が歯科恐怖症とされるのか見ていきます。
【こんな症状を持つ人を指す】心身症の一つ
歯科治療恐怖症とは歯科治療に対する恐怖感が非常に強く、タービン音で体が硬直する、歯科用ユニットに座ることができない、強度の場合には歯科医院に足を踏み入れる事さえできないなど異常な行動を示す状態を指し、歯科心身症の範疇に入る病態である。また、恐怖が昂じて歯科器具が口腔内に触れたり、入れようとした途端に嘔気や嘔吐のような動作を示し、異常絞扼反射と診断される症例もある。したがって、歯科疾患があっても十分な治療を受ける事ができず、応急処置しか受けられず症状が悪化してから来院するケースが多くなるため、対応に難渋する。
『歯科治療恐怖症』佐野公人, 歯薬療法 Vol. 35 No. 1 2016
というふうに述べています。
知っている範囲では歯科医院の匂いを嗅いだだけでだめという方や、白衣を見るだけでドキドキしてしまい気持ち悪くなるという方もいらっしゃいます。
麻酔によって気分が悪くなりやすい方も軽度の歯科恐怖症であると考えられます。
【世界共通の歯科恐怖症】歯科恐怖症の人はどれくらいいるの?
世界中で、どの程度の割合で歯科恐怖症の患者さんがいるかについてです。
統計の取り方や、歯科恐怖症自体の定義については少しバラバラなところがあるのですが、
最も多いのがオランダの研究で24.3%。
最も少ないのがフランスの研究で7.3%。としています。
各国のさまざまな研究をまとめると、平均で12%の方が歯科恐怖症であるという報告がされています。
日本でも大体これに近い数値が出ていて、8%という報告があり、一般的には女性の方が歯科恐怖症の割合が高いという報告がされています。
一見少なく見えるこの数字ですが、この数字はかなり高いと感じています。
一般歯科で治療にあたる自身が実際に診ているのは軽度の歯科恐怖症の方であり、重度の方は疾患があっても来院できない状況であることを考えると、なかなか思うところがあります。
【歯科恐怖症の原因】過去の治療経験によるものが多い
ではそうなってしまう原因には何があるのでしょうか。
大別すると以下の3つに分類できるようです。
【ぐるぐる巻きにされて治療をした】幼少時の強制的な治療によるトラウマ
患者さんにヒヤリングをして、経験的に一番多いと感じるのがこの原因です。
幼少期の歯科治療によって強い痛みを感じたり、無理矢理行った乳歯の抜歯、緊張から麻酔によって気分が悪くなったりなどの経験がトラウマとなり、症状を呈しているパターンです。
そう考えると小児に対する治療というのは非常に気をつけないといけないと感じます。
体を抑えて無理やり治療を行うなどの行為は小さいお子さんにとって生涯に残るストレスとなるということを認識しなくてはいけません。
【恐怖を感じるランキングも】過去の歯科治療時における不快な経験
Berggrenらの報告では、歯科用タービン、局所麻酔、抜歯が患者さんが最も苦痛に感じる行為だと報告しており、
他の研究では以下のような結果が出ています。

Floor M.D. Oosterink; Ad De Jongh; Irene H.A. Aartman (2008). What are people afraid of during dental treatment? Anxiety-provoking capacity of 67 stimuli characteristic of the dental setting. , 116(1), 44–51. より、1−10を和訳
これらをどれだけ恐怖に感じるかは性別、年齢、人種などによって差があったものの、恐怖を感じる上記のような行為のランキングはほぼこのような順位になるようです。
これらの結果は、一般的な歯科治療でよく行う処置になります。
我々歯科医師は、十分な説明と患者さんとの信頼関係をしっかりと構築した上でこれらの処置を行なっていく必要があると思われます。
【自分が引き起こしている可能性も】歯科医師への不信感
歯科医師自体の存在が恐怖心の原因になっているパターンもあるようです。
ミルグラムら(Milgrom,P)は強い恐怖を感じる患者のうち、50%が歯科医師に原因があると報告しています。
具体的には、強い叱責や、荒々しい治療、歯科医師の患者に対する理解などが挙げられます。
これは歯科に限った話ではなく、医科領域での治療で受けた恐怖心や不安感が歯科治療時にもフラッシュバックして起こることも多いようです。
先程と同様、歯科医師と患者さんの信頼関係は円滑な治療を進める上で非常に重要であることが伺えます。
【歯科恐怖症患者に対する対応】

一度トラウマになった経験はなかなか根治的に治すというのは難しいことになります。
しかし治療が必要となった以上、治療をせずにそのまま放置しておく訳にもいきません。
歯科恐怖症患者さんが治療を受けるられるようになるための対応方法にはどんなものがあるのでしょうか?
【ゆっくり慣れていこう】系統的脱感作
この方法は薬などを用いず、歯科の刺激に徐々に慣れてもらう。というような処置になります。
患者さん自身が恐怖心や不安感を乗り越えるために、簡単な処置から行い、それをクリアした後に次のステップに進んでいきます。
まず最初に行うのは当然ながら、歯科医師と患者さんのラポール形成であり、歯科医師自身が恐怖の対象とならないような関係性の構築から始まります。
不安や恐怖心を起こさせないようにゆっくり進んでいき、比較的時間がかかるため、疾患自体も緊急性がないものに適応されます。
【完全に記憶を無くした状態】全身麻酔
先ほどと異なり、急性症状を伴い、命に関わるような症状がある場合や多数の処置を一度に行う必要があり、長時間かかるような場合に選択されるのがこの方法です。
この方法は処置中の記憶は一切なくなるため、自分の力で治療を乗り越えたという認識がなく、先ほどのような次の処置に向けての学習効果はありません。
全身麻酔は、必要とされる病院の設備が大掛かりとなるため、一般的な歯科医院で行なっているところは少なく、大学病院などの大きな病院で受けることが一般的です。
【2つの中間】精神鎮静法(笑気吸入鎮静法・静脈内鎮静法)
治療中に痛みを感じた際に反応したり、歯科医師などの声がけに対して答えられるが、術中の記憶などはないという方法です。
亜酸化窒素を用いた笑気吸入鎮静法と、ミダゾラムやプロポフォールという薬剤を点滴しながら行う静脈内鎮静法という2種類があります。
静脈内鎮静法は全身麻酔と比較して設備自体もそこまで大きなものを必要とせず、効果も確実で深い鎮静状態が得られるため、頻用されています。
自身もインプラント手術の際は、麻酔科医の先生に依頼をし、静脈内鎮静下で手術を行うことがあります。
排泄半減期という静脈内麻酔からの回復も早く日帰りで手術を行うことが可能です。
しかしながら、歯科恐怖患者さんの中には抗不安薬や、向精神薬を服用されている割合が高く、薬の組み合わせによって効果が増減したりするので、適用には専門的な知識を持った方に行ってもらう必要性があります。
【注意事項、まとめ】
歯科医師においては自身が歯科恐怖症を招く原因となることをしっかりと認識をしておくこと。
患者さんにおいては、しっかりと自分の話を聞いてくれ、丁寧な治療を行ってくれる先生に治療を行ってもらうこと。
ということが一番重要かと思います。
歯科恐怖症の原因が幼少期にあることは記事でも触れましたが、この点についても歯科医師、患者さんそれぞれが理解し、気を付けるポイントかと思います。
記事を作るにあたっての一番の気付きは、極度の歯科恐怖症で歯科医院に来ることもできず、口腔内はそのせいひどい状態になり、苦しんでいる患者さんが少なからずいるという事実です。
この事実を受け止め自分自身がその引き金を引くような歯科医師にならないよう気をつけて行こうと思います。
今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

